期待と不安の入り交じった妊娠時代

“私には現在中学生二人、高校生二人の4人の子供がいます。

 

それぞれの妊娠中に様々な出来事が起こりました。

 

1人目は妊娠中に妊娠中毒症にかかり、出産前体がかなり浮腫んでしまい、思い通りに体が動かなかったことで不安になりました。

 

その上にその時はまだ仕事も続けていたので仕事も忙しく、自分をいたわったり、お腹の中の子供を考える余裕はあまりありませんでした。

 

名前も色々考えていましたが、全て姑が信じているという占い師に却下され、とにかく元気に産まれてくることを願うだけでした。

 

2人目になると仕事もやめてある程度心に余裕もできたのか、どんな子が産まれてくるのかななどと考えるようになりました。

 

しかし、2人目は逆子で切迫早産だったことから緊急帝王切開になり、生まれてきた子は低体重児で他の病院のNICUへ。

 

退院するまでの約1ヶ月間が非常に辛かったです。

 

1人目が女子、2人目が男子だったため、3人目以降は特に性別は気にしませんでした。

 

ただ、私がアトピーや天然パーマなどで小さい頃いじめにあった経験があるため、そのような遺伝子が子供にいかないかすごく心配しました。

 

自分の元に生まれてきてくれるという喜びはありましたが、とにかくいじめられるような要素を持って生まれて来なければいいなという思いが強かったです。

 

妊娠がわかると嬉しいと思う気持ちの反面、自分にこの子を育てていけるのかどうかという不安が湧き上がってきます。

 

しかし、お腹の中で動く子供とコミュニケーションを測っているうちに、生まれた子供を幸せにしてあげたいという気持ちが強くなりました。

 

出産して子育てに疲れ産後うつになり、子供たちに必要以上に手をあげたり蹴ったりする自分をみたとき、このままではいけないという思いが強くなり、子供たちのために自分がなんとかしなければならないと自ら心療内科へ行き、今は薬と上手く付き合いながら育児しています。

 

私の場合、1人目は妊娠中毒症、2人目は逆子と切迫早産で帝王切開、3人目と4人目は2人目が手王切開だったために最初から帝王切開が決まっていたので、1人も真っ当な妊娠生活を送ることは出来ませんでしたが、お腹にいた時も出産してからも子供の幸せを願っていました。

 

どんなに幸せを願いつつ育てても上手くいかないこともありますが、お腹の中にいた時から穏やかな気持ちで可愛がっていると、子供も穏やかな気持ちを持って生まれてきてくれるようです。

 

そういう話を育児雑誌などで読んだこともあるのでなるべく穏やかなやさしい気持ちで妊娠期間を過ごすようにしていました。

 

嬉しさと不安が交互に押し寄せた妊婦生活

結婚して二年、やっとできたこども。

 

夫婦で喜びあいました。

 

しかし12週までは大事な時期。

 

妊娠中にいつどうなるかもわかりません。

 

心配で不安で健診で鼓動を聞くたびに安心してだんだん人間らしくなってくるごとに嬉しさと愛おしさが増しました。

 

つわりの時期はいちばん辛かったです。

 

洗剤の匂いに気持ち悪くなったり食べたいものはいつも同じ。

 

お風呂など熱い、湯気みたいなこもった所は一気にだるくなりました。

 

朝は調子がよさそうでも日が暮れるにつれて体調が悪くなり寝るだけ。

 

主人が仕事帰りに買い物をして洗い物をしてくれたりするのに横で寝ている自分。

 

病気でもないのに申し訳ないと思っていました。

 

食べるものも体重管理や栄養面で同じものばかりは赤ちゃんに悪いと思ってなるべく食べれそうなものを探すようにしました。

 

少しずつ、つわりも終わり、健診にいくと人間らしくなった自分の赤ちゃん。

 

お腹も目立ってくるようになり、母親としての自覚も芽生えてきました。

 

安定期に入ってとても安心しました。

 

しかし私は若くして子どもを授かったのではないので高齢出産のリスクなどいろいろ耳にすることも多かったのです。

 

自分の子がもし何かあって生まれてきたらどう育てていこうと不安になりました。

 

4Dで見たかんじが大丈夫そうで安心さそましたが生まれるまではわからないので生まれたら五体満足か見ようと思っていました。

 

お腹も大きくなり、出産予定日が近づいてくるとお産の恐怖が襲ってきました。

 

鼻からすいかって聞いたけどそんなの無理。

 

裂けるとか切るとか信じられない。

 

それなら帝王切開のほうがまだいい…なんて思うくらいでした。

 

しかし実際は思っていたより痛くなく、鼻からグループフルーツくらいでした。

 

裂けたことに気づかず、生む痛みは腰にくるというのがよくわかりました。

 

腰が砕けるかと思うので裂けることなんてまったくわかりません。

 

でも1日我慢すれば済む痛みなのです。

 

生んでしまえば感動して痛みは忘れます。

 

つわりは何ヵ月も気持ち悪さを我慢しなくてはならなかったので私はつわりのほうがきつかったくらいです。

 

帝王切開がいいと思ったのも実際に帝王切開で生んだ人から聞くと産後の痛みがずっと続くようで手術扱い。

 

帝王切開のほうがよっぽど辛いようです。

 

生んだら母ではなく、お腹に宿った時から女性は母です。

 

生まれた瞬間感動をくれた我が子はどんな生まれかたにしろ、たった一人しかいない存在。

 

妊娠中に嬉しさと不安の中で絶えてこれたのは自分とこの子がいたからだと思えますよ。

 

主人には申し訳ないけど(笑)

●何度妊娠しても気持ちは毎回初産

“私は現在4人目を妊娠中です。

 

すでに3回体験しているにも関わらず、いつごろ性別わかったっけ?など、毎回初めての妊娠かのようにネット検索する日々です(笑)
私は現在いる3人の子供はみんな男の子です。

 

1人目から女の子を熱望していた私にとって、どの妊娠中も性別がわかるまではドキドキしていました。

 

その気持ちとはうらはらにみんな男の子でしたが、贅沢な悩みでもあることも承知ですし、五体満足、健康な体で生まれてきてくれたことを本当に感謝しています。

 

とはいえ、綺麗事だけではなく、まわりの期待というものもあるのです。

 

時には心無い言葉に深く傷ついたりもしました。

 

男の子ばかりで可哀想。

 

そんな言葉にも負けず、むしろお下がりも使えるし、男の子でもいいんだ!と言い聞かせるように過ごす性別がわかる頃の妊娠7ヶ月目。

 

上のお兄ちゃんは現在中学2年生です。

 

お腹にいる赤ちゃんとは14歳も年の離れた兄弟になります。

 

ありがたいことに、お兄ちゃんは私の妊娠を喜んでくれ、俺は妹が欲しいなーなど言ってくれたりしていて安心しました。

 

毎日慌ただしくすぎていく中で、私の声は赤ちゃんにどう届いているだろう?
ヒステリーおばさんのように怒鳴り声ばかり聞いてるかな?ちゃんと語りかけなきゃ。

 

と思いながらも現実はそんな暇もなく…
そのあたりがちょっと不安になりながらも、今からこの怒鳴り声に慣れてもらったら生まれてきても、大きな声がする中泣かずにいてくれる子が生まれてきてくれたりして?なんて思ったり(笑)
私はどの妊娠もつわりがキツく、その度にもう二度と妊娠なんてしない!!と思いながらも4回目の妊娠(笑)
今回も吐きつわりがひどく、今は落ち着きましたが、つわりの日々は涙が出る思いでした。

 

今は腰痛が激しく後何ヶ月の辛抱だ!と頑張っています。

 

赤ちゃんがお腹にいるというのは不思議な気持ちで、どっちに似てるかな?二重がいいなぁなど、勝手な思いばかりがありますが、やっぱり元気に健康に生まれてきてきてくれるならそれだけで私は幸せです。

 

お腹の中で元気に動いてくれているこの日々はあと数ヶ月しかないので素敵なマタニティライフを送りたく思います。

 

色んな不安もあるけれどまだ見ぬわが子を抱くその日を楽しみにどんな苦痛も乗り越えていけそうな気がしています。

 

妊娠する喜びを4回も体験できる私は幸せです。

 

生まれた赤ちゃんを家族みんなで囲んで笑って過ごす日々を想像しながらわずかな妊娠生活を送りたいです。

 

妊娠中のドキドキワクワクな気持ち

一昨年妊娠して昨年始めに初めて出産を体験しました。

 

ずっと待ち望んでいたので、妊娠が発覚したときはとにかく嬉しくて涙が出ました。

 

その日は一日中赤ちゃんのことを考えたり妊娠検査薬を何度も見ていました。

 

妊娠中は辛いこともたくさんありました。

 

まずはつわりです。

 

始めは食べづわりでとにかくお腹が空いていました。

 

普段そこまで食べる方ではなかったので、自分でも底知れぬ食欲の凄さに驚きました。

 

しかも普段食べないようなパンや麺類が食べたくなり、そればかりを食べていました。

 

それが落ち着いたと思ったら今度は吐きづわりの始まりです。

 

起きていても横になっていても気分が悪く、一日中車酔いをしている気分でした。

 

気持ち悪いのに味の濃いものやジャンクな物が食べたくなるので食べますが、そのあと吐いてしまうことが多く、飲み物でさえも吐いてしまいました。

 

とにかく気持ち悪く、この辛さはいつになったら終わるのかと毎日思っていました。

 

しかし、そんなときも赤ちゃんの名前を考えたり、男の子かな、女の子かな、と考えている時間は幸せでした。

 

生まれてきたときのことを考えていると少し気が紛れて辛いつわりにも耐えられました。

 

つわりが終わったときは普通の生活がこんなに幸せなんだと改めて実感でき、より赤ちゃんのことを考えたり準備する余裕が出てきて楽しかったです。

 

周りにあまり男の子の赤ちゃんがいた経験がないので女の子のイメージばかりをしていましたが、男の子だったらこんなことしてみたいなど妄想を膨らませていました。

 

名前のことも常に考えていて、名前の響きや漢字、意味を調べたりと充実した妊娠期間を過ごしていました。

 

しばらくすると今度は後期づわりが始まり、胃もたれがひどく、お腹は空いているのに食べられない状態が続きました。

 

妊娠中はとにかくこの後期づわりと吐きづわりが辛かったです。

 

あっさりとしたものや量が食べられずにアイスばかり食べていました。

 

子供が産まれたら好きなものをお腹いっぱいたくさん食べるんだと食べたいものをリストアップして出産後の楽しみにしていました。

 

赤ちゃんが男の子だと分かってからは男の子しか目に入らず、暇さえあれば男の子の服やグッズを調べていました。

 

こういう服を着せたい、お揃いでこんな格好がしたいと妄想しながら生まれてくるのを待っていました。

 

出産後は思いのほか忙しく休む暇もありませんが、妊娠中に思っていた以上に子供が可愛くて今も幸せいっぱいです。

 

妊娠中に感じることができた大切な気持ち

私が妊娠中に思っていた気持ちの1番は、妊婦さんはこんなに大変なのかということと、周りへの感謝の気持ちでした。

 

お腹の中にいる赤ちゃんに対してどんな子かな、楽しみだなという気持ちはあったものの、自分の中に小さな命がいるということが不思議な感じで実感がわいていなかったのが正直なところです。

 

それよりも妊娠中のつわりの辛さやお腹が大きくて体に自由がきかないことなど普通の日常生活を送るのに制限があるのがすごくしんどかったです。

 

つわりでは好きな食べ物をお腹いっぱい食べられず、食べても気持ち悪くなり吐いてしまうというのがずっと続いたのが食べるのが好きな自分にとって本当に辛かったです。

 

お腹が大きくなってからは座っているだけでも息苦しさやめまいを感じ、ずっと横になるという生活を送っていました。

 

また、精神面でも流産への心配や、胎動のちょっとした動きで赤ちゃんが無事かどうか気にしたり、陣痛・出産の痛みなどへの不安が頭の中に常にあって不安との闘いも辛いところでした。

 

特に私は33週目で切迫早産と診断され、緊急入院後、自宅安静を余儀なくされたため、お腹の張り止めの24時間点滴の痛みや自由に動けない辛さを経験しました。

 

一つの命を産むということは本当に命がけなんだなぁと強く実感しました。

 

その際に、私が安静にできるように旦那が朝昼晩の食事や洗濯などの家事を全てやってくれてとても助かったのを覚えています。

 

旦那からの愛情を再確認できました。

 

入院時には家族や友人がわざわざお見舞いに来てくれたことも嬉しかったです。

 

入院するなどもちろん辛いことはたくさんありましたが、同時にこんな辛く不安な思いをして産んでくれた母にありがとうという気持ちと、妊娠をして不自由になったことでいろいろな人に助けられ、自分は周りに愛されてるのだなという気持ちを感じることもできました。

 

妊娠中は赤ちゃんがいるんだという喜びや幸せの気持ちも強いですが、私の場合はそれ以上に不安な気持ちが大きかったのが実際のところです。

 

ただ、そんな気持ちも赤ちゃんを産んだら幸せと喜びの気持ちでいっぱいになって、妊娠生活が良い体験だったなと思うようになります。

 

もう少し楽観的になって楽しめれば良かったと思いましたが、1つの命を産むのに必要な経験だったのだなと思っています。

 

この文を読んで不安になってしまった方もいるかもしれませんが、不安でもなんとかなるから大丈夫、その後に大きな幸せが待っていると思っていただければと思います。

 

楽しい妊娠生活とはいきませんでしたが、母の偉大さと周りへの感謝を感じた貴重な体験をできて良かったです。

 

旦那家は男3人兄弟!待望の女の子を妊娠!

旦那の家は三人兄弟全員男性!旦那の弟さんのお子さんも2人居るのですがどちらも男の子!
私が妊娠発覚したときは「きっと私も男の子が産まれるんだろうな」と思っていました。

 

そして旦那も周りの友人もみんなから男の子だと思うと妊娠中なんども言われました。

 

妊娠してから半年後、やっと辛いつわりが終わった頃に検診に行くと先生がハッキリ「女の子ですね」と言われました。

 

私はまさかと思い思わず「え?本当に女の子ですか?!」と聞き返してしまいました。

 

聞き返しても先生は「女の子だと思いますよ」と言ってくださりとてもびっくりしました。

 

検診後すぐに旦那に電話をするととても喜んでいたのを覚えています。

 

また、旦那のお母さんにも電話をしたら泣いて喜んでくれました。

 

それと言うのも、旦那のお父さんが自分の子供が全員男の子だからずっと女の子が欲しかったそうなのです。

 

しかしそのお父さんは妊娠発覚の半年前に心筋梗塞で突然亡くなってしまいました。

 

女の子とわかって妊娠中何度も「なんでもっと早く妊活しなかったのかな」と思いました。

 

でもお父さんが亡くなった事で塞ぎがちになり度々思い出しては泣いていたという旦那の母が女の子と聞いて泣いて喜んでくれたのはとても嬉しかったです。

 

「お父さん念願の女の子だね!良かったねぇ!」と言って下さり私の娘は旦那のお母さんを喜ばせるためにうちに来てくれたのかなとちょっとホロっときました。

 

それからと言うもの生まれ来る娘の買い物が俄然楽しくなりました。

 

性別がわかると買い物もしやすいですし、なにより女の子物は可愛い!あれもこれもつい買ってしまいそうになります。

 

旦那のお母さんも初めて買う女の子物のお洋服を選ぶのが楽しくてしょうがなかったようです。

 

妊娠8ヶ月頃に仕事も辞め、時間が余ったのでスタイを手作りしたり毎日散歩をして体力を付ける毎日でした。

 

お腹の中の娘は元気いっぱいで内側から蹴られ続けるのに耐えたりとなかなか大変です。

 

これが結構痛いんです。

 

しかしそんな元気な娘は予定日になってもなかなか産まれず…陣痛の予兆も無い…。

 

予定日を過ぎてからは一体いつになったら産まれるの?と不安ばかりでした。

 

結局予定日を1週間過ぎても産まれる事が無かったので薬を使った計画分娩になりました。

 

朝の10時から薬を入れて徐々に陣痛を促す方法です。

 

お昼過ぎになっても中々陣痛が来る気配が無く、助産師さんにも「今日は無理かもね」と言われました。

 

しかしその計画分娩の日がまさかの七夕!産まれるのは娘。

 

今日産んだら織姫じゃん!と何がなんでも今日中に産みたいと思い気合いを入れて七夕に待望の女の子を産むことが出来ました。

 

産んだ半年後に旦那のお母さんにも無事に会わせる事が出来、とても嬉しそうにして下さったのは一生の思い出です。

 

赤ちゃんにあげる最初のプレゼントは健康かもしれない。

“妊娠中もフルタイムで働いていたため中々ゆっくりとした時間を取れず、満員電車や仕事のストレスや残業がたたって切迫流産や早産にならないように、なるべく無理をしないようにはしていました。

 

そのおかげか無事に予定日通り出産することができたのですが、妊娠中、特に臨月は産休に入っていたため出産の準備や名前を考えつつもゆっくりした時間を過ごせていました。

 

名前を考えるときの参考に名づけの本を読んでいたのですが「赤ちゃんへの最初のプレゼントはなまえです」のようなフレーズを結構見かけたんです。

 

確かに赤ちゃんへの名前って色々考えますよね。

 

字画や由来や読んだ時の響き、生まれてくるときの季節や漢字の意味など沢山沢山考えて一番いいなと思った名前を付けますよね。

 

確かに一生懸命考えたものだからプレゼント、という気持ちもわからなくはないけれども、私は赤ちゃんにあげる最初のプレゼントは健康なのかもしれない、と思っていました。

 

赤ちゃんがおなかの中ですくすく育つように食事も気をつけたり、冷えたらよくないから体も温めて、お酒もやめて甘いものの取りすぎにも注意して、胎教にいいとクラシック音楽を聴いて、おなかの中からでも声も聞こえてるって聞くから話しかけたりして、赤ちゃんが無事に元気に生まれてきますように、って妊娠中から何回も神様にお願いしていました。

 

生まれたら誰かに預けることもできるし病気になったらお医者さんに診せられるけれど、生まれるまでって誰にもどうにもできないですよね。

 

お腹の中にいる赤ちゃんって自分しか育めないよな、自分が保育器なんだよないう気持ちが時にプレッシャーになったりもしました。

 

すべての責任を今は自分が背負っているので、早く出産してその責任を夫や両親たちに分散したいと思ったり、早産になったら赤ちゃんも周囲も大変そうだからやっぱり予定日ちょうど位に生まれてくるのが一番!健康第一!と思ったり、とりとめもないことを考えていました。

 

ただ夫も私の両親も夫の親もとても妊娠に喜んでくれて、皆で大切に育てていこうと気持ちだったので、特に追いつめられるようなことはなく、ただただ日に日に大きくなっていくお腹をみて皆で楽しみにしていたし、私も元気な赤ちゃんを生みたいと思っていました。

 

実際に元気な赤ちゃんが生まれてきてくれたときは、ほっとしたのを覚えています。

 

喜びももちろんありましたが、それよりも健康に生まれてきてくれて良かった!の一言です。

 

性別は気になるけど、気にしないようにしてました!

“妊娠したことが分かった時、正直なところ「女の子が産まれるといいな」と思う自分がいました。

 

それ以前に子どもが産まれた時のことを想像したとき、髪を結んであげる姿や、一緒に公園で遊ぶスカート姿の子を自然と思い浮かべたからです。

 

でも、もし希望とは違う子が産まれたときにショックを受けては、自分のためにも良くないし、生まれてくる子どもにとってもかわいそうだと思ったので、性別については意識して考えないようにしていました。

 

ふとしたときに「女の子なら・・・」と思ってしまうこともありましたが、そんな時には「元気な子であれば、それが一番!」と強く考え、性別のことは気にしないように努めていました。

 

夫も同じ考えだったのか、ベビー服を一緒に買いに行った時にも、男の子でも女の子でもいいように中性的な色(緑や黄色)を選んでいました。

 

妊娠中も仕事は続けていたので、仕事の最中にはあまり出産や妊娠のことを考えなくても済みましたが、帰宅途中や帰宅後には、どうしてもお腹の子のことを考えてしまいます。

 

当時、妊婦健診で血糖値が高いと指摘されることが多かった私は、妊娠糖尿病のことや、それが子どもに与える影響をよく考えていました。

 

妊娠中に糖尿病になると、生まれてくる子どもも病気にかかるリスクが高くなるそうです。

 

私の考えることは、次第に性別のことよりも子どもの病気リスクのことが中心となっていきました。

 

妊婦健診で数値が落ち着いてきたとき、私は妊娠後期を迎えていました。

 

出産が間近に迫り、雑誌やネットで出産体験記をよく目にするようになりました。

 

「鼻からスイカが出る感じ」「生理痛よりも全然ラク」など、読めば読むほど分からなくなります。

 

産院の母親学級でもいろいろな話を聞きますが、考えすぎて頭がぐるぐるしてしまい、最終的には考えることを放棄することにしました。

 

出産も結局は個人差が大きいので、考えすぎても仕方ない、と思ったのです。

 

また、妊娠後期になると、夜寝ている時などにお腹の下の方がもぞもぞ動き、「あ、お腹の中で赤ちゃんが動いている」と感じることができました。

 

妊婦健診でエコー写真は何枚かもらっていますが、やはり実物を見ていないので、あまり実感がわきません。

 

でも、エコー写真を見ながら「私似かな、夫似かな」と思いをはせるのは楽しい作業ではあり、もぞもぞ動いたあたりをさすりながら「元気に生まれておいで」と声をよくかけていました。

 

実際に出産し、新生児のお世話をしていると、妊娠中に思い浮かべていたような穏やかな甘い生活ではなく、毎日が綱渡りの状態です。

 

それでも妊娠中、お腹の子どもにたいしていろいろな思いをはせていたことは楽しい経験であり、私と子どもの絆を深めてくれるものだったと思っています。